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恐ろしい小説を書く人だ、と今思う。
角田光代を初めて読んだ時は、ほのぼのとした日常の中に起こるさざなみを描くのが上手だ、と思ったのだが。 この人の小説の良さは、ちょっとしたエピソードや、会話が、思わず噴き出すほど面白いということだろう。 私は最初そこにはまった。 間がぬけているのに、当事者たち大真面目だったりする。 そして、なんとなく物語りは進んでいく。 何かが大きく変わることもなく、大きな事件が起こることもなく。 特に私は短編集がお気に入りだった。 長編は何だか食指が伸びず、短編集ばかり探して読み漁った。 さて、次はどんな物語が始まるのだろう、と、静かに胸を高鳴らせた。 が、 短編集をあらかた読み尽くし、手に取った中篇、「庭の桜、隣の犬」で、分かってしまった。 長編に手が伸びなかった理由が。 重たいのだ。 それはもう少し前に「空中庭園」を読んだ時に何となく感じていたのだと思う。 だから無意識に避けていたのかも知れない。 その後、「対岸の彼女」を読み、今しがた「三面記事小説」を読み終えたところで確信した。 恐い! 角田光代の小説は恐い! 角田光代の小説の全ては、「ここではないどこか」に焦がれる物語である。 過去だったり、どこかで違えてしまった在るはずの現在だったり。 見ているのは、決して未来ではない。 もう戻れない、もう決して手に入らない、そんな場所を見つめて途方に暮れた人々の物語なのだ。 笑ってしまうような会話、どこかピントがずれたような人々。 そういうオブラートに包んですら、恐ろしい。 オブラートの質がいいので、そんなことに最近気付いた私。 「ここではないどこか」を思わない人なんて少ないのではないだろうか。 しかし、ちらりと横目で見て、見ないふりをして暮らしていく。 そうでなければ、どうなってしまうんだろうという恐怖が私にはある。 立ち止まって直視してしまったら、きっともう戻る事はできなくなるような気がしている。 「ここではないどこか」 そこは、懐かしくて、暖かくて、愛しい完璧な場所。 だけど、蜃気楼のような場所なのだと知っている。 だから、そこを見てしまうことは、そこに向かってしまうことは、今いる現実を全て放棄してしまうことなのではないかと、恐ろしく思う。 さて、オブラートを取り去った「三面記事小説」の読後感は、石を飲み込んだように重いです。 「対岸の彼女」も、唯川恵系かと思ってたらとんでもなかった。 (直木賞だし・・・最近アンチ直木賞 )最初はやっぱり短編(「トリップ」辺り)集、長いのがよければ、「桜の庭〜」「空中庭園」辺りからがお勧め★ 私は、「八日目の蝉」が読みたいけど、ちょっと消化するまで待って って感じかな![]()
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気が遠くなる程のスピード感。
「このミステリーがすごい!!」のグランプリを獲得したこの作品は、とにかく恐ろしい程の展開で、読む側の私も物語の渦の中に巻き込まれていきました。 元刑事の藤島は、失踪した娘、加奈子の行方を追ううち、果てしない闇に巻き込まれていく 4日間の物語なのですが、とにかく濃い!!! 私ですら、ぞっとする表現や描写も満載。 この手の描写マイ・ナンバーワンは、新堂冬樹先生の『吐きたいほど愛してる。』だったのですが、本作の方が生々しい。 ですので、苦手な方には決してオススメできない事をここに宣言します・・・。 註*(『吐きたいくらい・・』は、世の女子がよく口にする、「生理的に受け付けな〜い」みたいなのは丸めて鼻の穴に突っ込んでやるぜ、と思わせるくらいな、生理を揺さぶる秀作。 あらゆる意味で面白かったけど、二度と読みたくなくもある本です。。。) 美しく、魅惑的な娘・加奈子に関わった人々は、全てを破壊され、狂わされていく。 加奈子はリアルタイムで現れることは決してなく、人々に語られ、回想されるだけである。 それでもはっきりした実像はつかめないものの、強烈なインパクトと存在感があり、加奈子に興味をひかれ、作中の人物が彼女を追い求めるようにこちらもページをめくってしまう。 いつの間にか、私も加奈子に魅了されていた。 もっと、彼女のことが知りたい。 彼女が導く、そして彼女自身が堕ちていった闇の行方をもっと知りたいと希求してしまう。 最初に、暴力的な表現が多彩と書きましたが、それを差し引いても力のある作品だと思います!! ただ、藤島の行動が軽率というか、「?・・・なんでそんなことするの?」と思わせることが多かったのが残念。 壊れていくのはもうちょっと我慢して欲しかったな。 藤島が覚醒剤に手を出したり、無闇に破壊行動を繰り返すことで読ませるより他の方法を考えて!! って思いました。 覚醒剤は恐いね。 ダメ!ゼッタイ!!っていうメッセージ? この作家は、なんと今作が小説デビュー。 次回作を楽しみにしています ![]()
文庫も新刊で出ています![]()
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悠さんカッコイイーーー!!!
男だったらこうありたいね。 そう女に思わせる男、それが悠さん! NHKのドラマでは佐藤浩市が演じていました。 うーむ。。。やりおるな。グッドチョイスである。 地方新聞社に勤務する悠木は、部下を亡くした過去を持ち、遊軍記者として紙面を作っている。 そんな折、地元群馬に日航ジャンボ機墜落の報が。 地元で起こった世界最大の事故に沸き、うろたえ、混乱する新聞社。 その事件記事の責任者を任ぜられた悠木。 嫉妬、名誉欲、報道に対する熱い想い。 渦巻く男たちの感情。 その中で悠木はどのような決断をし、行動するのか。 横山秀夫先生の人物描写は秀逸である。 大人になるほどそれがよく分かる。 「ああ!こいつのこんなところ、あいつにそっくりだ!!」 なんてことがままあります。 とくに嫌な奴の描き方ときたらため息が出るほど。 「クライマーズ・ハイ」では、ワンマン社長もムカつくけど、伊藤がいい味出してます。 横山先生の過去に何があったのか。モデルはいるのでしょうか。作品毎に「殴るぞ、この野郎!」と、拳を固めてしまう人物が登場します。 それもまた横山作品の味わいの一つ。(かも。) そんな嫌な奴らに横槍を入れられながら、がんばる孤高の記者、悠さん。 何かを抱えて初めて味わう悔しさ、己のふがいなさに奥歯を噛み締める悠さん。 生きているなら、こんな気持ちを味わってみたい。 このまま何かを強く思うことなく、何かを勝ち取る喜びや、失望や絶望すら味わうことなく一生を終えるとしたら? ぞっとする。 どうせ生きていくなら、奥歯をぎゅっと噛み締めてみたい!!! 「何のために登るんだ?」悠木が墜落事件当日、共に衝立岩に登る筈だった安西に問いかけた答えは「降りるために登るのだ」でした。 未だ何かに登ったことも、登ろうと手を掛けたこともない私には、この言葉、深く刺さりました。 奥歯を噛み締め、やがて快哉を叫ぶために、今、山を登り始めようと思います。
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長州小力のお腹にシンパシーを感じ始めた今日このごろ。
このままでは恋も遠のく一方。 今日こそジムに行こうと着替えて家を出ようとしたら、雨に気付きました。 雨の休日は、本を読んで過ごすのに最適ですが、この腹肉に危機を感じてページをめくる手も悩みがち。 そのうち止むだろうと思っていたら大降りになってきました。 ・・・やんぬるかな、挫折であります・・・ まあ、部屋でも掃除すっかと部屋に散らばる本を拾い集め、蔵書にするものとお払い箱(ブック○フ行きのダンボール)行きを仕分けていたら、思い出深い本を見つけました。 江國香織の『神様のボート』 江國さんの文章は、やさしくて、甘い。 初めてその文章に触れた時、その薄桃色の砂糖菓子を思わせる文章に馴染めなくて、途中で読むのを辞めてしまった覚えがあります。 しかし、歳を重ね、また手に取った時、その砂糖菓子は甘いだけではないことに気付いたのです。 このお話の主人公は小さな女の子とその母親。 とてもうつくしく、いつまでも若い母は、どこか夢を見ているように暮らしています。 少女を連れて、それは頻繁に引越しを繰り返す。 海辺の町、少し寂れた郊外の町・・・ やがて少女は大人になり、そんな生活と決別します。 それは、母親との別れも意味するのですが・・・ 物語は淡々と進んでいきます。 しかし、根底にあるものは母親の一度きりの恋なのです。 恋人を待ちながら、住まいを変え続ける。 それは逃げているようにも思えるけれど、いつか、見つけて迎えに来てくれることを信じて待っている。 いつとも知れぬ約束。 果たされる確証の無い約束。 今にも切れてしまいそうなその望みを、信じて待っている。 そして母は、少しずつじわじわと、心を病んでいく。 これは、一人の女性の静かな狂気との道行きの物語なのではないでしょうか。 江國さんの物語は、口に含むと甘く、ほろほろと溶けていく果敢なさがありながら、その甘さには毒が含まれているのです。 誰かを信じることはとても難しくて、そこから目をそらして逃げたくなる。 その人を信じながらも、逃げ道を模索している。 自分が傷つかないように。 そしてそれができなければ、この母親のように狂気に陥っていくのかも 知れません。 けれど、おそらく誰もがこんな風に誰かを信じたいと思っているのではないのでしょうか? この本を読み終えた時、涙が出てしまいました。 とても大切な恋が終わってしまった時だったのです。 いつとも知れない、果たされるかも知れない約束の言葉を残して。 私は、この辛さから逃げようと必死でした。 でも、出来なかった。 「次にいきなよ」という友達の言葉は、ひどく残酷に聞こえたものです。 次にいけるような恋であれば、苦しんだりしないのです。 弱いのだとか、そんな風だとよくないだとか、思い込みだとか、どんな風に思われようがどうでもよかった。 私にはこれが生涯最後の恋でもいいと思ったのです。 もしかしたら、これは綱渡りのようなものなのかもしれない。 バランスをくずせば、狂気の淵へ引き込まれてしまうのかも知れません。 だけど、いつか、また大切なあの人に会えるかもしれません。 その時のためにもこの腹の肉を退治しなければ! だって、(会えないけど)恋をしているのですもの ![]()
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全くもって今更。
だけど私は焦っていました。 読む本が無かったんだもん!! それはお昼休みでした。 お弁当の買い出しの途中に堪らず小さな本屋に立ち寄ったのでした。 文庫コーナーに目ぼしいものも見つからず、ああもうどうしよう?!と思ったその時、ずらりと並んだ「京極夏彦・分冊版」が・・・。 「またか・・・」 というのも、この京極堂シリーズ、リリースされる度に熱狂的に迎えられ、新書→文庫→愛蔵版(ハードカバー)と次々刊行されているのです。 その度、書店で平積みされ、京極堂フェア開催 ![]() それだけファンが多いということでしょう。 愛蔵版って・・・ベルばらかよ・・・ この熱に、ちょっとばかり腰の引けていた私は京極夏彦、特に京極堂シリーズに手を出せなかったのです。 だって!今更じゃん! なんの予備知識も無くコアなファンの集うライブ(例えば耽美系バンドとかの)に出かけて行って、取り残されたあの感覚・・・を味わうのでは?と危惧していたのです。 そしてその分厚さ。 少なく見積もっても普通の文庫3冊分はあるでしょ、コレ!! そこに持ってきて分冊ニューリリース。 むう・・味なことを・・・ 「あなたの中に私が入る余地はまだあるの?」 気持ちのすれ違いから付き合うに至らなかった男との再会。 そんな気持ちでレジへ。 始めから、裏切られました。 もちろんいい方へ。 想像していたより読みやすい文体。 導入からぐいぐいと引き込んでくれます。 上巻を読み終わるなり、雨の中傘チャリで書店へ! 美しい映像を見るような文章。 人物は目の前にいて息をしているかのよう。 壊れた産院、人形のような女、既視感と眩暈。 そして20ヶ月産まれない子供・・・ 縺れた糸を解くのは、古本屋にして陰陽師の京極堂。 彼は「世の中に不思議なことなどなにもないのだよ」 と言います。 だけど陰陽師だから、何か術を使って悪霊を追い払って事件を解決するのだな・・・ と思っていたら! 「えーーーーー!!!」 出るわ出るわ! よし!謎は全て解けた!え?!まだそんなところも?! 最後になって、あれって謎だったのかと気付かされる濃厚さ。 三浦しをんさんが幕の内弁当だと思っていたら、弁当箱の底にカレーが敷き詰められていた」ような驚き と評していらっしゃいます。 成る程成る程。 次の『魍魎の匣』を早速買いこみ、半分に差し掛かる頃、予定と希望に満ちた私の遅い夏休みは終わろうとしているのでした。 嗚呼。
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って感じかな









文庫も新刊で出ています




